最近に限ったことではないが、思考のアウトソーシングが広まっているような気がする。
古くは読書から、最近はインターネットによって何でも知識が得られるようになってからは特にその傾向が著しい。
と、いうよーなことはよく言われているし真実だと思う。
で、最近は単なる「知識」のアウトソーシングから「判断」までも外部に求めるような人が増えたような気がするのだけれどどうでしょうか皆さん。
株式売買もシステムトレード化によって自分で判断しなくても売買できるし、
格付けやランキングを好む人が多いのも、自分で判断するより誰かが良いと言っているものの方が信じられるからじゃないだろうか。
これってインターネットやケータイでいつでも誰かとつながっているような時代になったからこそ起きる弊害なのかしら。
逆に言うと孤独に生きている人間は自分と向き合うしかないから、知識も判断も自分自身にゆだねられてしまう。
僕が孤独を知らない人と友達にはなれないと思うのはそのためだ。当然近くに知っている人がいるなら自分で考えるよりその人に聞いた方が少ない人生の時間を無駄にしなくてすむ。
でもやっぱり自分で考える時間が長い人の方が話していて面白いし得るものも多い気がする。
判断力が身につかないから判断が必要になったら人に聞く以外の選択肢を考え付かない。
それでも日常生活は不自由なく成り立ってしまうんだけど。
自分で知識を得ようともしない人に限って他人を感情的に批判することが多い。なぜなら賢い人は代替案を自分で考えるか、相手を説得するからだ。
政治家の一言一言に揚げ足をとって批判するのは前者、
政策を提言するのが後者という具合かしら。あら、結局マスコミ批判につながってしまった。
えーと、まあ言いたかったのは、他人と話すのと同じくらい、自分との対話を大事にしようよということです。
そんでもって、他人の評価軸にとらわれずに自分で判断しようよ、と。
ダイヤモンドzaiに書いてある銘柄を調べながらそう思ったわけです。
日本株は買い時なのかなあ…。
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